孤独の場所

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 引っ越しをして、家が倍くらいの大きさになった。

 快適な住環境を手に入れたのになんだか落ちつかないのは、まだ新しい家に慣れていないせいかと思ったが、どうやらそうではなくて、”独りの場所” がないのだ、ということに気がついた。

 朝海辺をさんぽすると、人生のあらゆる物事が俯瞰で眺められる。昨日の晩まで、ついさっきまでもやもやしていた悩みや課題が、生きていく流れの中で起こる “あたりまえ” の出来事だと腑に落ちて、心が楽になる。

 ところが、そうやって海風を浴びながら鷹の視点で人生と今日一日を眺めても、家に戻った途端、アリの視点に戻ってしまう。考えることはいくらでもある。片づかない家のこと、病みあがりの家人のこと、環境の変化に落ちつかない子どものこと、今日やらなければいけないこと、やりたくないこと……ブラブラブラ。

 かつて人生相談をやっているときに常々感じたものだが、落ちつかない、毎日が生きづらいという人はたいてい、“独りの時間” を用意できていない。独りでいても、誰かのこと、誰かに対する自分のこと、誰かから見た自分のことで頭がいっぱいで、本当の孤独を獲得していない。

 作家・花村萬月は「押しつけられた孤独は辛いものですが、自ら選択した孤独は格別です」と言う。

 人生のたいていのことは、落ちついていればどうにかなる。うまくいかない人は例外なく、慌てて、混乱しているだけだ。落ちつくとは、“独りになる” ということだ。

書斎の片づけがあらかた落ちついて、家の中に “孤独の場所” を用意できたので、ようやくすこし落ちつけるようになってきた。落ちついてみると、階下から響く子どもたちの笑い声も、なんだか心地よく感じるものだ。

 

 

 

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